W大の学祭

最初、コメント欄に書こうと思ったけど、長めだし勝手に回想に浸り系なのでこちらに書いておきます。


大学祭、いいなぁ・・・。うちらの大学、うちらの時代、大学祭がなかった空白時代だからなぁ・・・。
今、以前とは違う形でやってるみたいだけど、あれは復活とはまた違うんだろうなぁ。
私は所属していたサークル(戦史研)が学祭再開当初から店を出していたので、学祭再開初年度から毎年学祭に行ってます。それでちょっとは現在のW大の学祭の状況について少し語れるかなと思いました。
学祭再開を始めて聞いたときは、大学の事務方(いわゆる当局?/笑)主導の単なる形式的なつまらないイベントになるか、左や右の人たちが暗躍するいかがわしいイベントに回帰するか、補助金がないのでしょぼいイベントになるか、いずれにせよあまり学祭に期待はしていませんでした。ただ、せっかく機会があるのだから参加してみて、まずければ撤退しようということになりました。
実際、始まってみると、学祭は大盛況でした。人の海*1。渾沌。定番の食べ物屋もたくさんありましたし、クイズ大会やら、バンドの演奏やら、妙な仮装*2やら、もちろんちゃんとした展示物も。戦史研では射的をやっていたのですが、客が来過ぎて、20〜30分待ちの列ができていました。ものすごく忙しかったです。祭の終わる頃には窓から通行人にうまい棒を投げ与えたりしていました。
以下、長いですが、2002年11月7日の日記より抜粋。

3日4日は6年ぶりの早稲田祭でした。祭自体にも、戦史研の店にも、どれだけ客が来るのか心配でしたが、祭も戦史研の出し物も大盛況でした。夏と冬の例のイベントを知る人に対してであれば、コミケみたいだったとでも言えば祭の盛況ぶりは伝わるでしょうか。建物の中は結構空いていましたけど、建物の外はちょっとの移動でも大変でした。

戦史研の射的に対しては準備前までは正直言って少し冷ややかな態度でいたのですが、祭前日の準備から終了後の片づけまでとても楽しませてもらいました。射的は私の当初の予想に反して大人気でして、30分待ちの客が出るほどでした。もちろん収益も莫大なものになったので、今後しばらくは戦史研は部費には困らないでしょう。私は受付と広報と戦車を主に担当しました。受付はその名の通りです。広報は客寄せのことですけど、旧東独軍の制服を着て、エアガンとラジコン戦車を持って外で射的の宣伝をしたりしました。何度か撮影されてしまいました。戦車担当というのはラジコン戦車を操るゲームのルール説明と審判と客が順番待ちで暇そうにしていたり通り掛かりの人が射的をやっている教室をのぞき込んだりして興味を示している時にラジコン戦車を動かして楽しさをアピールするのが役目です。ちなみにこの役目の後半は私が勝手にやってたことですが。戦車の操縦が楽しかったんで。

祭終了後には余った景品の「うまい棒」を下の階に集まっていた他サークルの人たちに「うまい棒! 」と叫びながら窓から投げ与えました。最後にこれも余った景品の飛行機のおもちゃにうまい棒を魚雷のようにくくりつけて「食糧援助ー! 」と叫びながら飛行機を下の人たちに向けて飛ばしました。下の人たちはうまい棒をちゃんと食べてくれたみたいです。軍服を着て平然と歩き回っていたのも、うまい棒食糧援助事件もお祭り気分のなせるわざですね。

射的の大盛況のおかげで他の出し物をゆっくり見てまわることはできませんでしたが、自分たちの店にいるだけで十分楽しかったですね。客寄せで外に出た時に雰囲気は味わえたし。祭は楽しんだ者勝ちです。

*1:10万人くらい来たんだっけなあ……。

*2:私も店の宣伝のために軍服姿で戦車のラジコンをそこら中で走らせていました。写真とられたり、子供にたかられたり。