塩野七生『ローマ人の物語13 ユリウス・カエサル ルビコン以後[下]』新潮文庫、2004年

仏像評価 9
ローマ人の物語 (13) ユリウス・カエサル ルビコン以後(下) (新潮文庫)
紀元前44年3月15日〜前30年。
カエサル暗殺からオクタヴィアヌスの勝利まで。
「ブルータス、お前もか」で有名な、元老院派によるカエサルの暗殺。暗殺後のブルータスのためらいにより共和政ローマ復活への道は完全に閉ざされる。カエサルが後継者に指名していたのは、無名の18歳、オクタヴィアヌスである。暗殺者たちは当初の目的を忘れて、保身に走るばかりで何事も為さずに時は過ぎ、結局はアントニウスオクタヴィアヌスレピドゥスの第2次三頭政治による元老院派の粛清が始まる。カエサルの肉体は死んだが思想は死なず、そればかりか「寛容」を旗印にして内乱で戦った相手さえ許して公職に就かせたカエサルとは違い、「復讐」をかかげたオクタヴィアヌスによって、キケロを始めとする元老院派は「カエサルの頃の方がましだった」と思いながら死んでいくことになる。
キケロカエサル退場後も面白い『ローマ人の物語』だが、彼らがいる時代が一番活き活きとしていたように感じる。
共和政復帰への道が閉ざされた後は、アントニウスオクタヴィアヌスのどちらを君主にするかを選ぶための戦いが始まる。アントニウスはローマ世界の東半分を、オクタヴィアヌスはローマ世界の西半分を基盤にして、戦いの準備を着々と進める。プトレマイオス朝エジプトの女王クレオパトラに惑わされたアントニウスは、ローマ世界の東半分を彼女に献上するような宣言を行い、ローマ人だけではなくエジプト支配下に入ることを嫌ったオリエント諸侯までがアントニウスから離れていく。そしてついにオクタヴィアヌスはエジプトをローマの敵と断定。ギリシア近くのアクティウム海域でアントニウスオクタヴィアヌスの軍が衝突する。アクティウムの海戦ではオクタヴィアヌスが勝利し、プトレマイオス朝エジプトはクレオパトラの自殺により滅亡する。
クレオパトラはエジプトの女王であると同時にギリシア系のマケドニア王朝の女王でもあった。前者の面ばかりが強調されがちだが、後者の面も忘れてはいけない。そもそもクレオパトラとはマケドニアの王族の女子名である。
30代前半のオクタヴィアヌスがローマの最高権力者となり、「パクス・ロマーナ」の時代へ。